スペースインベーダー

アーケードゲームとしてセンセーショナルなブームを巻き起こしたインベーダーゲーム。

これはタイトーから1978年に発売された。

それまではブロック崩しだった訳だから、流行らない方がおかしかったのだろう。

当時のタイトー社内では、敵が攻撃して来ない方が受けが良いと思っていたらしく、本当にそうしたゲームを主に売り出そうとしていた様だ。

だが、思った以上に当時のゲーム好きは困難をものともせず、夢中になったとの事だ。

今とは感覚がだいぶ違うと思った。

生放送

1984年に、生放送のドリフの全員集合で停電になり、会場が真っ暗のまま放送された。

生放送番組でトラブルは仕方のない事。それも含めて楽しんでいたと思う。

当時の記録を見てみると、いかりや長介と加藤茶を中心に、アドリブで凌いでいった様だ。

この年は、江崎グリコ社長が誘拐された事件もあった。トラブルの大きな年だった。

1959

1959年の今日、緑のおばさんの学童擁護員制度が始まったのだと言う。

創設当初、勤務時間は午前2時間、午後3時間で、日当は315円だったそうだ。

交通安全を願う気持ちは大人も子供も同じ。

通学、帰宅時の安全性はとにかく気を付けたいものだ。

歴史が変わった

1990年にマイクタイソンがジェームスダグラスに敗れ、統一王座を失った。

アナウンサーの「歴史が変わった、東京ドーム!!」という叫び声が耳に残っている。

その年は、ストーンズやポールマッカートニー(ソロとしては)が初来日している。

色々な面で、大きな出来事が多かった年の様な気がする。

ウイスキー

ウイスキーの製法がスコットランドに伝わった時期は定かでないが、遅くとも12世紀から13世紀にかけてという見解が有力の様だ。製法の要の一つである蒸留技術はアイルランドからキリスト教とともに伝来したとされ、パトリキウスによってもたらされたとする言い伝えもある。

スコットランドにおけるウイスキーに関する現存する最も古い記録は、1494年のスコットランド財務省の記録で、「修道士ジョン・コーに8ボルのモルトを与え、アクアヴィテ(aqua vitae)を造らしむ」という内容である。

アクアヴィテはラテン語で「生命の水」という意味で、これをゲール語で表すと「ウシュクベーハ」(uisge beatha、ウシュクは水、ベーハは生命の意)となり、そこから「ウイスキー」という英語が生まれた。ウイスキーという単語に関する最古の記録は1736年にスコットランド人が書いた手紙で、1755年には英語辞典に登場した。当初スコッチ・ウイスキーは薬酒として修道院が独占的に製造していたが、16世紀に宗教改革が起こり修道院が解散したことで蒸留技術が農家など民間に広まり、余剰生産された大麦の換金および保存の手段として製造が盛んになった。この時期のスコッチ・ウイスキーには熟成の工程がなく、蒸留したばかりの無色透明の液体が飲まれていた。

http://www.masabelchatow.org/