スプーンおばさん

スプーンおばさんは、随分長い事放映された記憶があったのだが、調べてみると何とたったの1年間だった。

突然小さくなったり、元に戻ったりを繰り返す。

登場人物にも不思議なキャラが多かった。

そんな印象はあるのだが、記憶が全くない。ただ主題歌が耳に残っている。

バグパイプ

スコットランドを語る上で外せない、バグパイプ。

リード式の民族楽器で、簧(リード)の取り付けられた数本の音管(パイプ pipe)を留気袋(バッグ bag)に繋ぎ、溜めた空気を押し出す事でリードを振動させて音を出すものである。 バグパイプの発声原理は有簧木管楽器と同じであり、一種の気鳴楽器ではあるが、必ずしも一般的な意味での「吹奏楽器」ではない。

送気方式として、人の呼気を用いるものと、鞴(ふいご)を使うものとがあるが、いずれも留気袋の押圧で音管に送る空気の量を調節し、区切りなく音を出し続けることができる。 旋律を演奏する主唱管(チャンター chanter)の他に、しばしば一本ないし数本の通奏管(ドローン drone)が付き、同時に鳴奏される。

時々流れてくるバグパイプの音に、哀愁を感じる。

 

1980

1980年について調べてみると、一億円拾得事件というのが物凄くインパクトある。

トラックの運転手が銀座三丁目の道路脇で、現金1億円の入った風呂敷を見つけ、交番に届け、期限に落とし主が現れずに全額取得した。

こんな事もあったのか。更に拾った人物はその後テレビ番組にも出演する様になる。

そしてこの年はジョンレノンが銃殺された。12月8日をビートルズファン、ジョンレノンファンは忘れない。

一番古い

日本最古のものを色々と調べていくと興味深い。

日本の建設会社、金剛組は何と578年の設立。世界でも最古の企業らしい。

現在は子会社となっているが、存続しているというのは凄い。

寺院の建設など、変わったビジネスを展開し、長らく存続したという事なのだ。

面子

古き時代の子供の遊びのひとつとして、面子があった。

地域によって呼び名も違う様で、下記の様だ。

札幌市では「パッチ」
津軽弁では「びだ」
仙台弁では「パッタ」(仙台)、「パッツ」(松島)、「パンチョ」[2]
いわき市では「ペッタ」
酒田市では「ペッチ」
名古屋弁では「ショーヤ」
関西弁では「べったん」
鳥取市では「げんじい」
浜田市では「ぱっちん」
広島県三原市では「パッチン」(昭和30年代:現在の呼称は未確認)
大分県では「パッチン」(大分県大分市で行われる祭りである府内戦紙(ふないぱっちん)は、山車がこのパッチンの図柄に似ているため名づけられた。)
鹿児島弁では「カッタ」(「カルタ(Carta)」からか)
沖縄弁では「パッチー」

規格戦争

VHSとベータ。

収録時間が長く、販売店も多かったVHSが1980年代半ばに完全に優位に立ち、ベータは縮小を余儀なくされた。

ベータのみを持っていた家庭はその後、どう対処したのだろう。

本体が壊れてしまうと昔録画したものも見る事ができず、結構大変だと思う。

古銭の価値

聖徳太子旧一万円札・福沢諭吉旧一万円札・聖徳太子旧千円札・伊藤博文旧千円札などは、殆どのケースで新旧切り替えの時期に記念で持っていた、というのが多く、旧札の最後の時期の場合が多い為あまり価値がつかないそうだ。

やはり流通の少ない紙幣・コインが価値が高いのだろう。

年号によってだいぶ変わってくるらしい。

2千円札は、ぞろ目や通し番号なら多少の価値がある様だが、その他は普通に2千円の価値の様だ。

マルカワのガム

オレンジマーブルガムは偉大だと思う。

かつては角型のガムでなかなかうまくいかず、球型のガムは面白いかもしれない、という事でリリースされたらしい。

当たりの出る確率も比較的高く、それもあって大ヒットした。

風船をすぐに作れるのも良い。素晴らしいガムだと思う。

スペースインベーダー

アーケードゲームとしてセンセーショナルなブームを巻き起こしたインベーダーゲーム。

これはタイトーから1978年に発売された。

それまではブロック崩しだった訳だから、流行らない方がおかしかったのだろう。

当時のタイトー社内では、敵が攻撃して来ない方が受けが良いと思っていたらしく、本当にそうしたゲームを主に売り出そうとしていた様だ。

だが、思った以上に当時のゲーム好きは困難をものともせず、夢中になったとの事だ。

今とは感覚がだいぶ違うと思った。

生放送

1984年に、生放送のドリフの全員集合で停電になり、会場が真っ暗のまま放送された。

生放送番組でトラブルは仕方のない事。それも含めて楽しんでいたと思う。

当時の記録を見てみると、いかりや長介と加藤茶を中心に、アドリブで凌いでいった様だ。

この年は、江崎グリコ社長が誘拐された事件もあった。トラブルの大きな年だった。